姫路モノレール(姫路市)


調査日:2012年8月18日



姫路モノレールは、その名の通り、兵庫県姫路市にあったモノレールです。

1966(昭和41)年5月17日、姫路大博覧会の開催に合わせ、姫路駅〜手柄山駅間(1,8km)で運行を開始しました。
道路渋滞などの解決や、市街地と郊外を結ぶ新しい交通機関として期待されましたが、利用客は伸び悩み、1974(昭和49)年に運行を休止、1979(昭和54)年1月26日に廃止となりました。
実質、運行されていたのは、わずか8年間という、非常に短命なモノレールでした。

左の地図の赤いラインが、姫路モノレールが通っていた場所です。
なお、赤い点線の部分は推定のため、実際のルートと異なっている場合があります。ご了承ください。


廃止となってから30年以上が経過した姫路モノレールですが、現在でも至るところにその遺構が残っています。
また、なんと近年になって姫路モノレールの車両が一般公開されるなど、動きがある姫路モノレールを取材しました。






今回は、姫路駅側から手柄山駅方面(地図の右側から左下方向)へ向かって調査していきます。
また、写真は基本的に手柄山駅方面を向いて写しています。


地図は国土地理院の電子地形図を使用





※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

姫路駅周辺は、再開発などによって姫路モノレールの遺構は失われています。
なお、姫路モノレールの姫路駅は、現在のJR姫路駅と山陽姫路駅の中間付近にあったようです。

最初に姫路モノレールの遺構が出現するのは、山陽電鉄の高架橋を潜る手前です。
建物に囲まれるようにして、橋脚が残っているのが分かります。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

山陽電鉄の高架橋を過ぎたあたりから、軌道も残ったままの状態になります。
ちなみに、山陽電鉄は数年前に線路の切り替え工事をしているため、高架がまだ新しいですね。






しばらくの間、姫路モノレールの軌道はほぼ完全な状態で続きます。
とても廃止されてから30年以上が経過しているようには見えず、今にも車両が走ってきそうです。






そして、軌道はカーブしながら建物に吸い込まれていきます。






※この写真は、姫路駅方面を向いて撮影しています。

そう、これこそが姫路モノレール唯一の途中駅、「大将軍」!
なんと、マンションの一部がそのまま駅になっているという、画期的な駅です。駅から徒歩0分とは、まさにこのことを言うのでしょうw

しかしながら、あまりに姫路駅に近すぎるために利用客が少なく、開業後すぐに全列車が通過するようになってしまったとか・・・。




大将軍駅は、未だにホームがそのままの状態で残っているようです。
ただし、ホームへの出入口は完全に閉鎖されており、外側から見ることしかできません。

最近までは、駅名板も設置されたままになっていたようですが、近年になって撤去されたようです。






※この写真は、姫路駅方面を向いて撮影しています。

大将軍駅を出た軌道は、数十メートルほど撤去されながら続きます。
大きな道路など、軌道が落下すると危険な場所は、軌道が撤去されているようです。

それでも、未だに多くの場所に軌道が残っているのは、遺産として残しているのか、それとも単に撤去するのが面倒なだけなのか・・・。






※この写真は、右側が手柄山駅方面です。

道路を跨ぐ姫路モノレールの軌道。
地元の人々にとっては、もはや日常の光景なのでしょう。






軌道は、川沿いに続いていきます。用地が狭くても軌道を通せるのは、モノレールの強みですね。
手前の橋脚はすでに植物に覆われ、廃止されてからの時間の流れを感じさせます。




※この写真は、左側が手柄山駅方面です。

やがて、軌道は山陽新幹線を潜ります。
この場所、姫路モノレールが建設された当時は、山陽新幹線の下を潜った直後に山陽本線の上を跨ぐという大変な場所で、両路線に干渉しないよう、建築限界ギリギリで軌道を通したそうです。
そのため、山陽新幹線の下がギリギリに見えるのです。






※この写真は、左側が手柄山駅方面です。

山陽新幹線を潜った軌道は、山陽本線の高架によって寸断されています。
もともと、山陽本線は地上を通っていましたが、2006(平成18)年に高架化されました。
姫路モノレールが廃止されてからも、沿線の様子は刻々と変わっています。






山陽本線を過ぎると、再び軌道が現れ、手柄山駅方面へ続いていきます。

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