調査日:2013年4月19日


"伊東線"熱海駅〜来宮駅間の踏切跡
(熱海市)




熱海といえば、一時期に比べれば落ち込んだものの、未だに観光客が多く訪れる観光地として知られています。
また、熱海駅といえば東海道新幹線や東海道本線が停車し、JR東日本とJR東海の境界駅であるため、当駅止まりや当駅始発の列車が多く、列車の行き先で「熱海」の表示を見る人も多いかと思います。
対して、来宮駅は熱海駅の隣の駅ですが、熱海駅を起点とする伊東線のみが停車する駅で、同じ熱海市内でありながらあまり有名ではありません。

地図を見ても分かるように、熱海駅の周辺は山に囲まれており、線路も盛り土や掘割、トンネルを多用して敷かれています。
そのため、必然的に道路とも立体的に交差することとなり、熱海駅周辺には踏切がほとんどありません。
特に、東海道本線の下り方面については、熱海駅から約10kmに渡って踏切がありません。
また、伊東線も、"現在は"熱海駅から約5kmの区間には踏切がありません。

しかし、かつては熱海駅と来宮駅の間に、踏切が存在していたのです。

熱海駅と来宮駅の1駅間は約1,2kmで、比較的駅間の長いこの地域にしては短いと言えます。
また、実際に乗車すると分かりますが、熱海駅を発車するとすぐにトンネルに入り、トンネルを抜けたかと思うともう来宮駅といった具合で、踏切を設置できる場所はかなり限られます。
さらに、この区間は盛り土の上を通っており、とても踏切が設置できるような場所でもありません。

一体、どのような踏切があったのでしょうか?


地図は国土地理院の電子地形図を使用






その踏切跡は、来宮駅から歩いて行ける距離にあります。

来宮駅は、1935(昭和10)年に伊東線の駅として開業しました。
東海道本線も並走しており、東海道本線にも当駅の出発信号があるものの、東海道本線の列車は1本も停車しません。
また、永らくの間特急列車の停車駅でしたが、2013(平成25)年のダイヤ改正で特急列車も通過となり、現在は普通列車のみが停車する小さな駅です。

それでも、時間帯によっては比較的利用客は多く、駅員さんもいます。







来宮駅と踏切跡周辺の地図です。
左側が来宮駅、右側の赤いラインが踏切跡を通る道です。
等高線の間隔が狭く、平地が少ないのが分かります。
赤いラインが等高線を全く無視した線形なのが気になりますが・・・。

線路が5本描かれていますが、北側から東海道新幹線、東海道本線、伊東線の順です。
なお、この地図では伊東線は単線として描かれていますが、実際には熱海駅〜来宮駅間は複線となっています。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






来宮駅から、伊東線と並走する道路を熱海駅方面へ歩きます。
写真を見ても分かるように、伊東線との高低差はかなりあり、とても踏切がある雰囲気はありません。

さて、左側に気になる物が写っていますね。
今回の探索とは関係ないですが、少し寄り道しましょうw






2連のアーチが特徴的なこの構造物は、「来宮暗きょ」と言います。
竣功年月は分かりませんが、丹那トンネルが1934(昭和9)年に開通していることを考えると、遅くても同年、大正時代の可能性も高いです。
また、竣功当時は三島側(写真左)のアーチは水路用として掘られ、のちに道路に転用されています。

いつまでも、この重厚な外観を留めてもらいたいものです。


来宮暗きょはあとでもう一度出てくることになります。






来宮暗きょを横目に進むと、道路は伊東線から離れていきます。

カーブが連続する途中に、踏切跡へのアクセス路が分岐しています。
写真の中に分岐があるのですが、分かるでしょうか?






細いっ!

自動車ならほぼ100パーセント、自転車でも見逃してしまうような分岐です。
それでも、アクセス路を利用する人への配慮なのか、横断歩道は設置されていますが・・・。







このアクセス路、縮尺を極限まで上げると地図上に表示されます。
赤いラインで示した道がそうで、確かに途中で伊東線を渡っているように見えます。

驚くべきは標高(青い数字)の変化で、分岐点付近(地図右下)では53.6mとなっていますが、伊東線との交点付近では78.2mとなっており、200mにも満たない距離で25m近くも標高が上がっているのです。
これは尋常じゃない道のような気が・・・。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






それにしても本当に狭い・・・。
人ですらギリギリすれ違えるほどの幅しかありません。
ただでさえ狭いのに、左側は石垣が、右側は建物があるため、半端無い圧迫感です。

そして、早速にして登っているようですね。






階段ktkr!
標高差を見て薄々分かっていましたが、やはり階段で標高を稼いでいるようです。
ということは、この先にあった踏切は、自動車はもちろん、自転車すらも通れない、歩行者専用の踏切だったわけですね。

それにしても、民家の軒先が近いっ!
不意に住民の方が玄関から出てきて目が合ったら、気まずい状況になりそうですw







な ん か す ご い !
いかにもジ○リあたりの映画で出てきそうな光景です。
左側の岩の壁は、補強などが一切されていない素の岩で、もしかすると相当古い道なのかもしれません。
それにしても、こんな場所にも家が建っているとは・・・。





民家が途切れると、前方が開けてきて階段も終わります。
どうやら、伊東線の線路が近いようです。

余談ですが、写真を見ても分かるように、この階段、段の高さが一定ではないため、非常に登りづらいですw






階段が終わったあとも、急な上り坂が続きます。

そして、前方には伊東線の架線柱が見えており、この坂を登りきった所が、問題の踏切跡のようです。






そして、ついに伊東線の線路の脇に到着しました。
ここが、かつて伊東線に存在していた踏切"跡"です。

あくまで踏切"跡"なので、踏切設備などは撤去され金網も設置されていますが、扉が設置されている場所に踏切がありました。


実は、まだ私が小学生だった頃(2000年前後)、一度だけこの踏切に来たことがあります。
踏切警標と「止まれ見よ」の標識が設置されているだけの、典型的な第4種踏切だったと記憶しています。
当時の写真を撮影していたはずなのですが、いくら探しても見つけることができず・・・。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

金網の隙間から見てみると、路盤には踏切の痕跡はありませんが、なんと反対側にはほんの一部ながら踏切へ続く通路が残っていました!
また、左側には木の棒が立っており、踏切警標や「止まれ見よ」の標識が設置されていたと思われます。

それにしても、踏切を渡った先の通路の行き先がまったく見えないのですが・・・。





そして、もうひとつ踏切だったことを証明してくれるのが、この掲示板です。
下の白い部分は新しそうですが、黄色い部分はいかにも一昔前といった印象の懐かしいフォントとなっています。
踏切が廃止されたあとも、通路が線路のすぐ脇を通っているため、警告の意味を含めて残されているようです。





※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

この踏切跡で行き止まりかと思いきや、実は線路沿いにまだまだ通路が続いています。
今までの通路と比べると明らかに新しく、踏切の廃止に伴って造られた新道のようです。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

階段の途中からは、先ほどの踏切跡がよく見えます。

手前2本の線路が伊東線、奥の211系が走っている線路が東海道本線で、さらに奥にはわずかに東海道新幹線の高架橋も見えます。
東海道本線は伊東線よりも一足早くトンネルに入っており、東海道本線がトンネルに入ってから、伊東線がトンネルに入るまでのわずかな区間に踏切があったことが分かります。

そのため、東海道本線の車窓からこの踏切を発見するのは難しかったのではないかと思います。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

階段を登ると、通路はほぼ直角に向きを変え、野中山トンネルの坑口直上を通ります。
この辺りには照明が多く設置されており、夜になると点灯するようです。

ちなみに、この時、坑口直上に設置された信号機のすぐ脇を通るのですが、信号機が大きいこと大きいこと・・・。
ここまで近くから信号機を見られる場所も、なかなか無いと思います。






そして、ここからは先ほども見た踏切跡の遺構が見えますが、やはり踏切へとアクセスする通路がまったく見当たりません。
一体、どのような進路を取っていたのでしょうか・・・。






野中山トンネルの坑口直上を通った新道は、再びほぼ直角に向きを変え、コの字に迂回するような線形で先ほどの踏切跡の方向へ戻ります。
ただし、今度は階段が無いので、線路を見下ろす高さがあります。

それにしても、この部分の通路が狭い・・・。
人同士がすれ違うだけでもどちらか片方は止まらなければいけないでしょう。






そのまま進むと、今までの真新しい通路やフェンス、手摺がピタリと終わり、代わりに明らかに年季の入った通路が始まります。

そして、その変わり目には不自然な屈曲が・・・。
これは一体何を意味しているのでしょうか?







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

その変わり目(不自然な屈曲部分)に立ってみると、真新しい手摺(左奥)と年季の入った手摺(右手前)の違いがよく分かります。

それはそうと、フェンスに意味深な「←迂回」の看板が設置されているのが気になります。
しかも、よく見るとフェンスの向こう側にも手摺が続いているような・・・







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

か い だ ん !


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