調査日:2012年11月18日・28日


國産橋
(沼津市)





「國産橋」という、なんともインパクトの強い名前を持つは、沼津市北東部、長泉町との境界も近い場所にあります。
地図中央部分、赤線で示した場所が國産橋ですが、長さは数mと短く、竣功も特段古いというわけではありません。
知名度は、地元でも皆無といって良いと思います。

しかし、立地条件が少し不思議だったので、調査してきました。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






先ほどの地図でいうと國産橋の右側、東側からレポートしていきます。

センターラインは無いながらも2車線の幅が続く市道。
この市道から、國産橋へと続く道路が分岐します。






すると、まるでジャンクションのような分岐が現れました。
このうち、右へ分岐して登っていく道が、國産橋へと続きます。

この分岐によって、今まで2車線幅だった市道が、分岐した道路の幅の分だけごっそりと狭くなっています。
市道は分岐の先ですぐ見通しの悪いカーブに差し掛かるため、危険な場所といえます。
また、こちら側から分岐に入る分には良いとして、市道の反対側から来た車両は、とても切り返し無しでは入れないでしょう。
・・・という私の心配は、入口に設置されている「この先車両通行出来ません」という標識で無用であると分かります。

どうして車両の通行ができないのかという疑問は、すぐに解決することになります。

余談ですが、國産橋へと続く道路の欄干には、近隣住民のものと思われる洗濯物が干されていましたw(写真右側)






分岐した道路は、そこそこのこう配で登っていきます。
元々1車線幅の狭い道ですが、登りきった所でさらに3分の1ほど道幅が狭くなっています。
これはもう物理的に自動車は通れないような・・・。

そして、その先に「國産橋」が見えていますが・・・







狭いっ!

一応、橋の両端に車止めが設置されていますが、車止めが無くても一般の自動車は通行できない幅です。
車止めが無ければ、もしかしたら軽自動車くらいならギリギリ通れるかもしれませんが・・・。

標識が言っていたことは事実だったようですw





反対側です。
橋の幅や長さの割に欄干がしっかりとしているので、すこし圧迫感があります。なお、親柱はありません。




  
欄干に設置されている銘板です。橋の規模の割には、立派な物が設置されています。
4枚設置されており、うち2枚は橋名の漢字表示、ひらがな表示となっています。

橋名の由来は、最初の地図を見て分かるように、付近にある「国産電機株式会社」からでしょう。
ただ、「国」が旧書体で書かれていることもあり、事情を知らない人からすればインパクトのある橋名だと思います。





残り2枚の銘板は、いずれも竣功年月が書かれており、昭和31年5月竣功であると分かります。
特別古い橋というわけではありませんが、古参であることは間違いないありません。






國産橋の側面です。
飾り気は一切無く、パッと見ただけでは水路橋のようにも見えます。橋の長さはせいぜい10mといったところでしょうか。






最後に、國産橋の立地を見て少し疑問に思うことがあります。
國産橋は、おそらく竣功当時から今の姿で、当時からこの幅だったと思われます。
しかし、当初から自動車の通行は想定しておらず、歩行者や自転車の通行のみを考えていたのでしょうか?

仮に、自動車の通行を想定していなかったとすると、橋の東側にあるスロープ状の分岐道路は必要無いはずです。
階段でも良いはずですし、例え自転車で通ることを考慮しても、あそこまで幅の広いスロープは不要です。
わざわざ市道の幅を削ってまでも自動車の通れるスロープを設置したということは、自動車が通ることを考えていたのではないでしょうか。

橋の手前に設置されている標識や橋に設置されている車止めも、近年設置された物のように見えます。
となると、過去には自動車が通行していた可能性も考えられます。
ただ、自動車が通ることを想定していたとすると、あまりにも幅が狭いという新たな疑問も出てきてしまいます。

わずかな可能性としては、昭和31年に今の國産橋が掛けられる前に自動車の通れる橋が掛かっており、スロープはその時の名残・・・
ということも考えられますが、果たして真相は・・・。


小さな橋ながら、個人的に疑問が残る橋でした。


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