夏色キセキ小説 (「富士山」世界遺産登録特別編)
 




「ねぇ、富士山見に行こうよ!」

ようやく鬱陶しい梅雨の季節が終わり、いよいよ夏本番という7月のある日。
そう唐突に声を発したのは優香だった。

「急にどうしたの?」

優香の発言に、のんびりとした口調で尋ねる凛子。

「富士山が世界遺産に登録されたの、凛子も知ってるでしょ?」
「うん、ニュースでやってたけど・・・。」
「だったら行くしかないでしょ!」
「なんでそうなるのよ。」

今まで黙って優香の話を聴いていた夏海が、思わず突っ込みを入れる。

「下田って静岡県なのに富士山見えないじゃん。静岡県民としてそれはどうかと思うわけよ!」
「いや、意味分かんないし・・・。」

夏海はあくまでも冷静に答える。

「でも、確かに富士山見たいなぁ。」
「さすが凛! じゃあ決定!!」

凛子の一言で、あっという間に行くことが決まってしまった。


――


「下田からだと、電車以外にも路線バスを乗り継いで行く方法もあるみたい。」
「バスだと修善寺とか三島に出られるのかぁ。でも、お金も時間も電車より掛かるから、やっぱり電車かな?」
「でも、バスのほうが"旅"って感じがしない?」
「おぉ、確かに! となると、バスも捨てがたいなぁ。」
「・・・って、何ナチュラルに私の家で旅行の計画立ててんのよ。」

学校帰りにそのまま夏海の家に上がりこみ、勝手に旅行の計画を立て始める優香と凛子。
夏海も雰囲気に流されここまで無言を貫いてきたが、ようやくここで口を開いた。

「だって夏海、あまり行きたくなさそうだったんだもん。だから説得の意味も含めて!」
「説得って・・・。具体的に何処に行くのかが分からないと、説得も何もないじゃないの。」
「その事なんだけどさ、ここなんてどうかな?」

そう言って優香はパソコンを操作すると、1枚の写真を表示させた。


「すごい綺麗! ここだったら私、行ってみたいかも。」

先ほどまで消極的だった夏海が、思わず声を上げた。

「さった峠だって。静岡市にあるみたい。」
「下田からだと遠いね。」
「でも、東京に行くのに比べたら全然近いじゃん! ここにしようよ!!」
「となると、行く日とかも決めないと・・・。」

夏海も加わった話し合いは、夜遅くまで続いた。



― この列車は、伊豆高原方面、普通列車の熱海行きです。主な駅の到着時刻を・・・―

「眠い・・・。」
「優香、私の肩貸してあげるから、寝ててもいいよ?」
「さすが凛!」
「まったく、だらしないわね。この時間に出発しようって言ったのアンタでしょ。」

夏休みが始まって間もないある日、夏海たちは富士山を見るべく、下田を発っていた。





「まずは熱海で乗り換えだね。」
「熱海までどのくらい掛かるの?」
「だいたい1時間半くらいかな。熱海からさらに1時間くらい・・・。」
「やっぱり遠いねぇ。」

最初のうちはおしゃべりをしていた3人だが、電車の揺れも加わっていつしか眠りについていた。


― ご乗車、お疲れさまでした。熱海、熱海です。―

「優香、起きて。熱海駅に着いたよ。」
「んあ・・・。よく寝た〜。」
「ここで乗り換えだね。3番線みたい。」
「次の列車、座れるかなぁ。」







― ご乗車ありがとうございます。東海道線下り、普通列車の島田行きです。函南、三島、沼津の順に・・・―

「思ったより空いてるね。」
「熱海駅が始発の列車みたいだよ。良かったね。」
「どこで降りるんだっけ?」
「由比っていう駅だよ。今度は終点じゃないから乗り過ごさないようにしないとね。」
「さっきまで寝てた優香が言えることじゃないでしょ・・・。」

そんな冗談を言い合っているうちに、列車は、三島、沼津と大きな駅に停車していく。
気づけば車内は混み始めており、自然と3人の口数は減っていた。
しばらくして、ふと凛子が口を開く。

「優香、さっきからずっとメールしてるね。」
「うん。ちょっと実況報告をね〜。」
「アンタ、また良く分からないことを・・・。」

― まもなく、由比です。お出口は右側です。ドアから手を離してお待ちください。―

「ここで降りるんだよね?」
「うん。」
「やっと着いたねぇ。」

由比駅に降り立った3人。
静岡市の駅ではあるが、乗降客はまばらで、駅の規模も下田駅と比べればずっと小さい。

「なんか田舎って感じのする駅だねぇ。」
「下田も十分田舎だけどね・・・。」
「ここからまだ3kmくらい歩くんだっけ?」
「もうここまでで疲れちゃったよ・・・。」

すでに下田を出発して3時間近くが経っており、3人にも疲れが見え始めていたが、さった峠はまだまだ先である。
所々に設置されているさった峠への案内板を見ながら歩いていく3人。


しかし・・・

「マジでここ登るの?」
「案内板の通りならそうなるけど・・・。」
「峠っていうくらいだから、このくらいの坂はあってもおかしくないんじゃない?」
「え〜。こんなの無理だよ。」
「ここまで来ておいて何言ってるんだか。さっさと行くよ。」
「待ってよ夏海〜。私と凛は夏海と違ってか弱いんだからさぁ。」
「か弱くなくて悪かったわね!」

なんだかんだで冗談を言い合いながら登っていく3人。
道は徐々に高度を上げ、景色も次第に広がりを見せ始めていた。




やがて、道は未舗装となり、前方に展望台が見えてきた。

「この展望台ってもしかして・・・」
「間違いない、さった峠だよ!」
「やっと着いた〜。」
「疲れたねぇ。」
「ちょっと休憩しようよ。」

3人の疲れはピークに達しており、景色を見る前に一度休憩することにした。
汗を拭いたり水分を補給したりする夏海と凛子だが、そんな中一人だけ違うことをしている人物が・・・。


「優香、またメールしてる。」
「アンタも好きねぇ。」
「まぁね!」
「どうして自慢げ・・・。」

落ち着いた3人は、改めて展望台に上る。


― 瞬間、夏色の風が3人を吹きぬけた。―

「・・・」

しばらくの間、3人は一言も発すること無く、ただたださった峠からの絶景を眺めていた。


「すごい・・・ね。」

優香がつぶやくような声で言うと、夏海と凛子も口を開いた。

「うん。」
「ちょっと富士山が雲に隠れちゃってるけど、それでもすごく綺麗。」
「紗季にも、見せてあげたいな・・・。」

夏海の言葉に、反応する優香と凛子。



「もう、紗季の転校から1年か・・・。」
「この1年、あっという間だったね。」

少ししんみりとした空気の中、再び夏海が口を開く。

「ねぇ、今度は紗季も一緒に・・・」
「夏海、優香、凛子。」

夏海の言葉を遮って、聞き覚えのある、少し懐かしい声が後ろから聴こえた。
思わず振り返る振り返る夏海と凛子、そして優香。

「久しぶりね、みんな。」

セミロングの金髪に、色白の肌。
そこにいたのは、間違いなく紗季だった。

「紗季! どうしてここに・・・。」
「優香からメールが来たのよ。最初は驚いたけど、私もちょうど下田に来る予定だったから。」
「それじゃあ、優香がやってた"実況中継"って・・・。」
「紗季と連絡を取ってたわけよ!」
「まったく、いつもいつもアンタは・・・。」

そう言う夏海の瞳には、光るものが見えた。


― 4人の夏休みが、今、再び始まる ―


最後まで小説をお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、初めて「夏色キセキ」に挑戦してみましたが、いかがだったでしょうか。
以前から、「夏色キセキ」小説は書いてみたいと思ってはいたのですが、なかなか良いネタが思い浮かばず・・・。
そんな中、富士山が世界遺産に登録されたので、それを利用させてもらいましたw
いつも私が書いている小説とはだいぶ違う構成となりましたが、個人的にはイマイチな出来になってしまいました・・・。
時系列的には、アニメ最終回のちょうど1年後くらいをイメージしています。

ちなみに、小説中に登場する写真はすべて私が撮影したもので、"さった峠"を選んだのも自分が行ったことがあるからだったりしますw
余談ですが、"さった峠"は漢字で表記すると環境依存文字が含まれてしまうため、ひらがな表記にしました。
また、本当に下田から富士山が見えないのかは分かりませんが、地形的な理由で見えにくいことは確かだと思います。

さった峠は本当に良い場所ですので、「夏色キセキ」の聖地巡礼のついでに寄ってみてはいかがでしょうか?

ご意見・ご感想をお待ちしております。



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