調査日:2016年4月8日、公開日2017年12月10日


国道300号線旧道(長塩トンネル周辺)
(旧道編)



国道300号線、長塩トンネル周辺の旧道を紹介しています。
前ページでは現道を探索したので、このページでは旧道を探索していきます。

左地図の緑ラインが旧道となります。
橋やトンネルで直線的に結んでいる現道(赤ライン)に対して、旧道は常葉川に沿うように緩やかなS字カーブとなっています。

地図の左側(身延側)から右(富士吉田側)へ向かってレポートしていきます。


地図は国土地理院の電子地形図を使用







旧道の分岐です。どこまでもまっすぐ続く現道に対し、旧道は左へカーブしていきます。
分岐自体は特に塞がれておらず、センターラインすらも残ったままとなっています。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

分岐してすぐに、「徐行」・「通り抜けできません」・「この先500m車両通行止め」の3コンボが出迎えてくれましたw
いずれもブロックの土台に固定されているので、旧道となったあとに設置されたものと思われます。
今のところ通行に支障はありませんが、やはり通り抜けはできないようです。





そして、旧道の右側には下部に「山梨県」のステッカーだけが貼られた看板も設置されていました。
今となってはまったく内容を読み取れませんが、もしかしたら「新道建設の推進」などと書かれていたのかもしれません。







!?
左カーブが終わり直線に入った瞬間、車止めと大量の土砂により旧道が寸断されていました。
さっき「この先500m車両通行止め」の標識がありましたが、500mどころか50mも行かないうちに通行できなくなりましたw
つまり、この旧道は段階的に通行止めの区間が伸びていったということになります。





全体的に大量の土砂で埋め尽くされている旧道ですが、かろうじて路肩のみ歩けるスペースが残っているので、そこを歩いていきます。
ガードレールは残されたままとなっており、アスファルトも剥がされていないようです。

廃道化工事の一環としてこのように土砂で埋められることはありますが、ここもそうなのでしょうか。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

ここで、反対側を向いている標識を見つけました。
振り返ってみると、「本栖みち」と書かれた道路の通称名標識でした。
下には「下部町」のプレートも設置されていますが、下部町は2004(平成16)年に身延町と合併し、現在は存在していません。





このあたりは、比較的土砂の堆積が少なく、旧道を見渡すことができました。
現道と比較すると幅は狭く、普通車同士ならすれ違えたでしょうが、大型車同士は厳しかったのではないでしょうか。
また、左側は高く切り立った崖、右側は常葉川と安全面もあまり良くなかったと思います。






土砂の隙間から、遠くに現道が見えてきました。
このあたりは、土砂が非常に高く積まれています。
ここまであった路肩の歩行スペースも飲み込まれてしまい、非常に歩きづらいです。

この土砂ですが、廃道化工事ではなく、長塩トンネルの残土ではないかと思っています。
現道のレポートで紹介しましたが、現道の「長塩下橋」は1996(平成8)年8月竣工、隣接する「長塩トンネル」は1997(平成9)年11月と、1年以上の開きがあります。
その間、現道の「北川上橋」から「長塩下橋」の間は一足先に開通し、同時にこの区間の旧道も一足先に旧道化。
そうすれば、この旧道をトンネルの残土処理として使用することが可能です。

現道に近づくにつれて土砂の量が増えている理由も、これで説明がつきます。
また、廃道化工事にしてはあまりにも土砂の積み方が雑な気もしますし・・・。






いよいよ現道に合流します。
ここまで高く積み上げられていた土砂も、もうすぐなくなります。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

そして、現道と合流・・・ではなく、横断します。
現道のレポートで紹介しましたが、この先の旧道は現道の開通によって線形が変更され、現在は旧道が分断されてしまっています。
もともとは、正面のガードレールが無く、そのまままっすぐに繋がっていたはずです。





現道を跨いだ先の旧道は、現在も通行が可能です。
私が訪れた時は、ちょうど桜が見頃となっており、旧道を美しく彩っていました。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

この桜の木の下には、すべて反対向きに3枚の標識が設置されています。
手前から「左方屈曲あり」「幅員減少」「大型車交互通行」なっており、左方屈曲ありは平成7年に山梨県が設置していることが分かります。

これは、先ほどの私の仮説が正しいことを証明しています。
平成8年8月に「長塩下橋」が竣工してから、平成9年11月に「長塩トンネル」が開通するまでの1年少々の間、国道300号線は「長塩下橋」を通るルートへと変更されていたのです。
先ほど探索していた「北川上橋」から「長塩下橋」までに対応する旧道は、やはり一足先に廃止されていたことになります。





先へ進みます。
このあたりは旧道沿いに集落があり、交通量こそ少ないものの、現在も地元の方が利用しているのでしょう。
また、富士急山梨バスの路線バスも通っており、停留所の名前も「長塩」となっています。

消えかかったセンターラインが、旧道の雰囲気を醸し出します。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

停留所の先で左へカーブしますが、センターラインはあるものの、大型車が通行するには心許ない幅です。
センターラインがかすかにオレンジ色になっているので、国道時代ははみ出し禁止だったようです。

また、右側のガードレール脇には39kmのキロポストが設置されていました。
これも、国道時代のものに違いありません。





その先には、5・7・5調の標語が書かれた塔が建てられています。
一昔前の田舎の国道沿いには、よくありましたよね。
これも、国道時代の名残なのでしょうか。






そして、旧道は右へカーブしますが、ここは狭い!
一応カーブミラーは設置されていますが、見通しは悪く、かなり気を遣う場所です。

国道時代はすれ違いに難儀していたのではないでしょうか。






難関のカーブを抜けると、現道に合流となります。
最後の直線もセンターラインは無く、このあたりが現道へ置き換えられた原因だと思われます。






現道への合流地点を振り返ります。
これで、長塩地区の旧道区間は終了です。


今も現役で利用されている旧道。
かたや、現道の開通と同時に廃止となり、今では私のような物好きしか利用者がいなくなった旧道。
明暗が大きく分かれた旧道区間でした。

比較的歩きやすく、高低差も少ないので、探索しやすいオススメの旧道です。



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