調査日:2012年8月2日、公開日:2021年11月9日


霊山橋
(下田市)



静岡県伊豆の下田市に古い橋を見つけたので、調査してきました。


その橋は、伊豆急行の終点である伊豆急下田駅から歩いて行くことができます。
しかしながら、非常に小さな橋なので、まずは広域の地図でおおまかな場所を確認します。

地図の南(下)側、丸で囲んだ部分に橋があります。
地図の北(上)側には伊豆急下田駅、その東(右)側には下田ロープウェイの新下田駅があります。
このように、橋は比較的市街地に架かっています。

余談ですが、地図を見ると下田駅周辺に一丁目〜四丁目と書かれていますが、これは正真正銘の地名で、手紙などを送る際は「静岡県下田市一丁目○番」などと書きます。
かなりシンプルで分かりやすいです。


地図は国土地理院の電子地形図を使用







続いて、丸で囲んだ部分を拡大した地図です。

文字が被っており見にくいですが、中央付近に引いた緑のラインが橋となります。
このあたりは下田港も近く、商店や飲食店が並ぶ観光地となっています。
また、了仙寺は、ペリー来航の際に幕府との交渉場所になったことでも有名です。


それでは、レポートしていきます。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






下田港付近を流れる平滑川。
1854年に締結された日米和親条約の後、ペリー率いるアメリカ海軍が来航した際には、下田港から了仙寺までをこの平滑川沿いに歩いたことから、沿道が「ペリーロード」として整備されています。







そんなペリーロードに架かっているのが、今回紹介する橋です。
路面こそ整備されているものの、太鼓橋となっており、欄干も古そうです。




  
一般的な橋であれば親柱に銘板が設置され、そこに橋名や竣功年月が書かれていることが多いのですが、この橋は親柱に直接文字が刻まれています。
これも、昭和20年代くらいまでに造られた橋に見られる特徴です。

そして、4本ある親柱のうち2本は橋名が刻まれており、それぞれ漢字とかなで「霊山橋」、「りょうせんはし」と書かれています。
漢字こそ異なりますが、「了仙寺」と関わりがあることは間違いなさそうです。





残る2本のうち1本は、橋名とも竣功年月とも異なり、「日宗代」と書かれているように見えます。
了仙寺は日蓮宗の寺であることから、日蓮宗が架けた橋であることを示しているのかもしれません。
となると、いよいよこの霊山橋は、了仙寺と深い繋がりがあるようです。






そして、最後の1枚はいよいよ竣功年月ですが、なんと1906(明治39)年2月!
これまで、大正時代竣功の橋は見たことあれど、明治時代竣功の橋は初めてです。






側面です。
アーチ部分が石造りになっていることが分かります。
長さは5m程度と短いものの、アーチのおかげで存在感があります。






1世紀以上も活躍を続けている霊山橋。
車両の通行は禁止されていないものの、渡った先の道路も車両の通行は困難で、霊山橋を渡る車両はほとんど無いのでしょう。
そういった恵まれた環境のおかげで、今も架かり続けることができているのかもしれません。

下田を訪れた際には、ぜひ立ち寄ってみてください。



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