調査日:2021年4月24日、公開日:2021年9月29日


県道389号線謎の重複指定区間
(西側ルート編)








県道389号線謎の重複指定区間を探索しています。
地図のやや西(左)側をカーブを描きながら南北に通過している黄色いラインの道路が県道389号線となります。
この県道389号線を北側から辿っていくと、地図の中央付近で左右2本に分岐し1kmほど並走したあと、地図の下側で合流しているのが分かります。
前回は、分岐した県道のうち東(右)側ルートを調査し、標識やデニリエーターから県道指定されていることが分かりました。
今回は、西(左)側ルートを調査していきます。
はたして、県道であることを証明する物は見つかるでしょうか。

東側ルートと同様、浜松市方面(地図の上側)から、森町方向(地図の下側)へ向かって調査していきます。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






西側ルートと東側ルートの分岐点です。

県道389号線は道幅が狭く、ほかの市道、町道などと区別が付きにくいため、ヘキサに県道の方向を示す補助標識が設置されることが多いのですが、こういう紛らわしい場所に限って設置されていませんw
いずれの方向もほぼ同じ道幅であり、停止線も無いため、どちらが本線なのか見分けが付きません。

西側ルートは、ここを右側に進みます。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

やや下り基調だった東側ルートに対し、この西側ルートは上り基調となっています。
また、分岐点には石造りの道標が設置されており、(妙に新しいのが気になりますが)古くから交通の要所であったことを伺わせます。





あまり見通しが良くなかった東側ルートに対し、西側ルートは標高が高い位置を通っているためか、ある程度眺望が利きます。
一方、路面はアスファルトではなく、コンクリート舗装となっているようです。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

しばらく進むと、再び分岐が現れます。
舗装や轍の状況から、斜め右方向が道なりのように見えますが、なんと地図では斜め左方向が県道となっています。
にわかに信じがたいですが、分岐を左に少し入った所には再び石造りの道標が設置されているので、間違いはなさそうです。
なお、googleマップではこの分岐点の描写が間違っています。





コンクリート舗装こそされているものの、路面は落ち葉や枝で埋め尽くされており、とても県道とは思えません。
すれ違いも困難な区間が長く続きます。

奥のほうに軽バンが停車していますが、これが西側ルート探索中に遭遇した最初で最後の車両でした。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

しばらく続いた登り坂が終わると、若干開けた場所に出ます。
この場所には木製の案内板が設置されており、秋葉街道について記載されています。
この道路が秋葉街道ということなのでしょうか。
いわゆる"○○街道"といった歴史のある道路は、現在も国道や県道として指定されていることが多いですが、今のところこの道路が県道に指定されている証拠はありません。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

この先は、一気に視界が開け、民家も見られるようになります。
そして、奥にはカーブミラーが設置されていますが、設置者は分かりませんでした。
もし、静岡県のシールが貼られていれば、県道である貴重な証明になるのですが・・・。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

このカーブミラーが設置されている場所は、民家に沿うようにクランク状となっており、現代であれば間違いなくボトルネックとなる線形です。
そして、この場所には案内板とともに、一際古い石造りの道標が設置されていました。
案内板によると、この道標は江戸時代に建てられたもので、東海道掛川宿から七里の地点であることを示しているようです。
やはり、この道が秋葉街道であることは間違いないようです。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

クランクコーナーを過ぎた先には、意味深に路肩に置かれたバリケードとデリニエーターが!
期待して設置者を見るも、バリケードは「森町役場」、デリニエーターは「森町」というダブルパンチ・・・。
これで、この道路が県道ではなく、町道であることが確定しました。
つまり、そもそも東側ルートを県道として描いていないGoogleマップやMapion、MapFan、いつもNAVIは論外として、重複指定されているように描かれている国土地理院地図やYahoo!地図ですらも誤りということになります。
地図にはまれに誤植もありますが、ことごとくすべての地図が間違っているというのは、非常に珍しいパターンであると思います。
どうして、このようなことになってしまったのでしょうか。





先ほどに続き、沿道に民家が建てられています。
このあたりは集落とまではいきませんが、数件の民家があります。

ちなみに、この町道は序盤2つめの分岐点までは浜松市となっており、浜松市内はどのような扱いになっているかというと、最初の分岐点から2つめの分岐点までは「市道春野代古根線」、2つめの分岐点から森町との境界までが「市道 法外堀之内99号線」となっており、いずれも市道として認定されていることからも、県道ではないことが分かります。
なお、「法外」は建築基準法適用外の道路を示し、通行に注意が必要なようです。






民家地帯を過ぎると、再び森の中に入っていきます。
また、先ほどのカーブミラーあたりから下り勾配となっていましたが、より勾配がキツくなります。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

このあたりは、西側ルートの中でも交通量が少ないようで、轍がほとんどありません。
デリニエーターが設置されていますが、設置者は不明でした。





こんな森の中にも建物がありますが、すでに倒壊しており、屋根しか残っていません。
その先は、明るくなっており、また開けた場所に出るようです。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。


再び案内板が現れました。
今までと同じ木製ですが、この掲示板には枠の部分に「戦国夢街道推進委員会」と設置者の文字が入っています。
漢字にはわざわざふりがなを付けるなど丁寧さが窺えますが、ふりがなの無い漢字もあり、基準がよく分かりません。





開けた区間は長くは続かず、また森の中へと入っていきます。
なお、「戦国夢街道」というのは、森町が公式に使用している愛称で、かつて多くの武将が必死になって戦った場所が沿道にあるため、武将たちの夢にちなんで名付けているようです。
この町道は、そのハイキングコースに指定されているため、道標や案内板が各所に設置されています。






今度は、いきなり目の前に茶畑が広がります。
いかにも静岡県らしい光景です。






茶畑の中を通るのはほんの数十メートルほどで、めまぐるしく景色が変わっていきます。
国土地理院地図のとおり、全線に渡って軽車道(幅1.5m〜3m)規格となっていますが、特にこの場所は車道の両側が堀割のようになっていることもあり、一段と狭いように感じます。






幅こそ狭いですが、直線が続き見通しは良いです。
東側ルートとの合流も近いはずですが、高低差があるためか、未だに姿は見えません。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。


しかし、左側の視界が開けると、すぐそこには東側ルートの姿があり、唐突な合流となりました。
西側ルートから見ると、やはり本線は東側ルートのように見えます。





東側ルートの調査時にはスルーしていましたが、この場所にも道標が設置されていました。

地図のとおり、距離的には東側ルートよりも短いものの、道幅や勾配、線形などの点で圧倒的に不利であり、あえて西側ルートを選ぶメリットは無いように思います。
また、道標や案内板から、西側ルートが歴史ある「秋葉街道」であることは判明しましたが、同時に県道ではないことも明らかになりました。
であれば、なぜ地図では県道に指定されているように描かれているのでしょうか。

可能性としては、かつては西側ルートが県道として指定されていたものの、のちに東側ルートも指定され、重複指定期間を経て西側ルートが市道・町道に格下げされたが、地図への反映がされていない・・・といったパターンが考えられます。
しかし、東側ルートに設置されているヘキサ標識などはかなり年季が入っており、ここ数年に指定されたような雰囲気ではありません。
仮に数十年前に実際にこのような変更があったとして、そんな長い期間地図に反映されないことがありえるのでしょうか。
また、国土地理院地図だけならともかく、Yahoo!地図やGoogleマップ、Mapion、MapFan、いつもNAVIなど、様々な地図が軒並み誤植している点も気になります。

市道、町道でありながら、地図上では県道として表示しなければならない何らかの事情があるのでしょうか。
当初の疑問を解決したはずなのに、かえって疑問が増えてしまった調査でした。



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