調査日:2012年10月7日〜10月9日


東芝機械・矢崎電線専用線
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東芝機械と矢崎電線、2つの会社を通る東芝機械・矢崎電線専用線。
東芝機械を抜けた先、矢崎電線までの区間をレポートしていきます。

左図の左下から右上へ向かっていきます。


地図は国土地理院の電子地形図を使用







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

東芝機械の敷地(写真左側)を出て最初に横断する市道です。
例によって踏切だった痕跡はまったく残っていません。

信号機の左側に、一部分のみ壁が凹んでいる"いかにも"な空間がありますが、これは自動車の出入口で専用線とは無関係のものです。







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市道を横断した専用線は、再び東芝機械の敷地へ入りますw
こちら側は、"いかにも"な感じの細長いスペースが奥へ続いています。

この先、少しの間専用線に並走する道路が無いため、迂回をします。







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専用線は、東芝機械の敷地の端を進みます。
専用線跡には、駐輪場などの建物が建てられているのが分かります。

そして、この辺りから専用線は少しずつ右へカーブし始めます。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

右へカーブしながら続く専用線。
路盤上は、資材置き場になっているようです。
ヨレヨレになっている有刺鉄線の柵は、専用線が現役時代からの物でしょうか?

そして、今度こそ本当に東芝機械の敷地を抜けますw

この先も、少し迂回します。







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東芝機械の敷地を抜けた専用線は、市道と並走するようになります。
市道と並走する直前でカーブは終わり、あとは終点までほぼ直線となります。







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周囲は住宅地となり、専用線跡も駐車場に転用されています。
駐車場の脇から奥を見ると、敷地がカーブを描いていることが分かります。







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最初のうちは道路に並走するように走る専用線ですが、次第に道路の左端に重なるように通っていたようです。
非常に不自然な線形ですが、こういう線形でないと後々出てくる遺構の説明ができないので・・・。
おそらく、専用線の廃止後に奥のほうのみ道路を拡幅したのではないかと思います。

この先も、ほとんどが駐車場に転用されたり建物が建てられたりしており、専用線の面影は残っていませんが、○で囲んだ所には・・・







駐車場の出入口に縁石の代わりとして枕木らしき物が使用されています。
また、奥に見えるコンクリートの縁石も、専用線が現役だった時代からの物だと思われます。
地面に敷かれている砂利は、専用線のバラストだったりするのでしょうか?





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数十メートルほど当時の面影を残していた専用線ですが、その先は住宅地に飲み込まれてしまっています。
専用線は、矢印のように次第に市道に近付きながら通っていたと思われます。







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しばらく進むと、行き止まりの予告が出てきました。
このあたりまで来ると、専用線は完全に市道に干渉するようになりますが、遺構は残っていません。







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やがて、市道は防災器具倉庫に突き当たって行き止まりとなります。
このあたりでは、専用線は市道の左側の端を通っていたはずです。

そして、専用線は防災器具倉庫の先へ続きます。







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防災器具倉庫のうしろには小さな川が流れていますが、専用線はここを短い橋梁で越えていたようです。
ちなみに、防災器具倉庫に「駅前町」と書かれていますが、これは近くにある御殿場線の大岡駅のことを指しているようで、専用線との関連は無いようです。

そして、この川には・・・







短いながらも橋脚が残っています! この専用線で一番よく残っている遺構だと思います。
そして、この橋脚がある位置から考えると、専用線は先ほどの市道に干渉せざるを得なくなるのです。
やはり、市道は専用線の廃線後に拡幅されているようです。





※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

川を渡った専用線は、病院の敷地内を通ります。
先ほどの橋脚の位置から考えると、矢印のように駐車場の端を通過していたようです。







駐車場の脇から奥を見ると、古そうなフェンスが見えます。専用線が現役の時代からの物でしょうか?
奥に見える高いフェンスの先が川となっており、先ほどの橋脚があります。






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

専用線は、そのまま駐車場の端をまっすぐ進んでいきます。
このあたりは、駐車場化の際に路盤が嵩上げされているようで、専用線の面影は残っていません。

○で囲んだ場所には古い基礎らしき物があり、本来の高さはこの位置だったようです。
踏切跡のように見えなくもないですが、果たして専用線との関連はあるのでしょうか?







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病院の敷地を数十メートル通った専用線は、病院の出入口の脇から敷地を出ます。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

病院を出た専用線は、すぐに市道を横断し、そのまま右の柵の中に吸い込まれていきます。
この柵の向こう側が矢崎電線の工場となり、この専用線の終点となります。

例によって、踏切だった痕跡はありません。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

専用線が工場内に入っていたと思われる場所です。
柵は廃線後に造り直されたのか、専用線の出入口らしき物は発見できませんでした。

ただ、○で囲んだ場所には不自然な縁石の出っ張りがあり、専用線とは何らかの関連性があるのかもしれません。

この先、専用線は矢崎電線の敷地内に入るため、調査はここまでとなりました。






この東芝機械・矢崎電線専用線、私が調べた限りでは、開通年や廃止年は分かりませんでした。
ただ、航空写真や過去の地図を見たところ、昭和22年9月の時点では途中の東芝機械までは開通(建設中?)していたようです。
また、遅くても昭和35年4月には矢崎電線まで開通していたと思われます。
そして、昭和47年9月から昭和52年10月の間に廃止となったようで、地図からも線路の表記が消えています。

仮に、昭和35年に開通し、昭和47年に廃止となったとすると、たった12年間ほどの短期間しか使用されなかったことになります。
この専用線に関する資料が少ないことを考えても、おそらく短命な専用線だったのだと思います。
私自身、この付近はよく通るのですが、過去の地図を見るまで専用線があったことをまったく知りませんでした。
何かご存知の方がいらっしゃれば、ぜひ情報の提供をお願いいたします。


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