調査日:2013年2月2日


トヨタ自動車東富士工場専用線
(裾野市・御殿場市)




トヨタ自動車東富士工場専用線は、静岡県の裾野市と御殿場市に跨って存在している廃線です。
JR御殿場線とトヨタ自動車東日本株式会社東富士工場を結んでいた短い貨物線でした。
左図の左上、半円を描くような線形のオレンジ線がトヨタ自動車東富士工場専用線です。
また、右下には御殿場線の岩波駅があります。

使用された期間が非常に短いと思われるこの専用線ですが、今でもレールが残っているなど、見所が多いです。
このレポートでは、御殿場線からの分岐点側からスタートします。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






岩波駅北側の踏切から専用線の分岐点方向を見てみます。
複線分の用地があるように見えますが、これは御殿場線が東海道本線時代だった頃の名残で、専用線とは無関係です。
専用線が開通した頃には、すでに御殿場線は単線となっていました。

専用線は、岩波駅から数km富士岡駅側へ向かった場所で御殿場線から分岐します。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

岩波駅〜富士岡駅間にある神山架道橋です。
専用線は、この付近で御殿場線から分岐します。






現在は単線のコンクリート橋となっている神山架道橋ですが、もう1本橋が掛かっていたと思われる痕跡があります。

ただ、この橋跡についても、あくまで御殿場線が複線時代だった時のものだと思われます。
(航空写真を見ると、専用線が現役だった頃には既に橋が撤去されているのが分かります)







ここで、地図の縮尺を上げてみます。
右下で道路と御殿場線が交差している場所が、神山架道橋となります。
なんと「電子国土」ではトヨタ自動車東富士工場専用線が未だに現役として書かれています!

なお、途中で専用線を跨いでいる道路ですが、赤線は国道246号線、緑線は東名高速道路となります。


地図は国土地理院の電子地形図を使用






神山高架橋の御殿場側には、道路沿いに堤防が続いています。
この付近、御殿場線はほぼ直線のはずですが、堤防はゆるやかに左へカーブしています。

また、ほとんどの部分はコンクリート製の立派な擁壁なのですが、一部に土が露出している場所があったのが気になります。
元からこのようになっていたのか、廃線後に崩したのか・・・。






堤防は次第に道路との高低差を縮めながら、なおも左へカーブしていきます。
堤防にはカーブミラーが設置されており、今でもわずかに利用されています。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

そのまま進むと、道路を跨ぐ高架橋が現れます。
この高架橋こそ、トヨタ自動車東富士工場専用線の最初の遺構となります。
高架橋の上に生えた立派な木が、専用線が廃止されてからの長さを物語っています。

余談ですが、いくらカーブミラーが設置されているとはいえ、この道路の線形は非常に危険ですよねw






※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

高架橋を潜りぬけてみると、専用線と御殿場線との位置関係がよく分かります。
この道路は、専用線と御殿場線とのわずかな隙間を通っているのです。
専用線が建設されたためにこのような状態になったわけですが、専用線が建設される前はどうなっていたのか気になるところです。




高架橋を渡り、完全に御殿場線から分岐した専用線は、なおも左カーブを続けます。
先ほどまでかなりの高さがあった専用線ですが、ここまで来ると道路との高低差も無くなってきます。
ここまで続いてきたコンクリートの擁壁も途切れ、盛り土へと変化しました。

ここで、一度専用線に登ってみることにします。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

レ ー ル が 残 っ て る !

なんと、レールが敷かれたままとなっています。
しかし、植物に覆われてしまっている場所も多く、ここから御殿場線との分岐点を見ることはできません。
植物が一番少ない2月ですらこの状況ですから、夏場はレールも全く見えなくなってしまうのではないでしょうか?





反対側も見てみますが、こちらも先へ進めるような状態ではありません。
もう一度道路に降りないといけないようです。

よく見ると、ほぼ正面にうっすらと富士山が見えています。

余談ですが、写真右側に大型トラックが止まっていますが、一体どうやってここまで来たのでしょうか?
先ほどの道はとても大型トラックが通れるようには見えませんでしたが・・・。






盛り土も低くなり、いよいよ専用線と道路の高低差が無くなってきました。
写真左側に見えている高架橋は、国道246号線のものです。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

ここで、暗渠を発見しました。
人がどうにか立って歩けるほどの、小さな暗渠です。
通り抜けてみましたが、特にどこに繋がっているわけでもありませんでした。
ごく一部の限られた方が利用していたと思われます。

この暗渠の脇から、再び路盤に登ってみることにしました。







こちらも、しっかりとレールが残っています!
先ほどの場所と比べると植物も少なく、これなら歩けそうです。
たった数十メートル離れただけでここまで植物の盛衰に差があるのは、やはり日当たりが影響しているのでしょうか?





レールと枕木のわずかな隙間から、立派な木が成長していました。
ここまで木が成長するには数十年という月日が必要なはずで、つまりその月日だけ列車が通っていないことを意味しています。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

いよいよ、専用線は国道246号線を潜ろうというところです。
この場所には、今まで続いていたレールの間に、他のレールが積まれていました。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

直後、今まで続いてきたレールが途切れました。
さらに、その先では数mに渡って路盤も消失しています。

先ほど積まれていたレールは、この部分に敷かれていたものなのでしょう。







※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。

路盤が途切れている場所を横から見てみます。
ちょうど自動車1台が通り抜けられるくらいの幅でしょうか。
盛り土の処理を見ても、明らかに人為的に路盤が崩されているのが分かります。

実は、専用線が建設された頃には、国道246号線の高架橋(久保川橋)はまだ存在していませんでした。
1980(昭和55)年頃、現在の下り線(写真左側の橋脚の橋)が建設されました。
さらに、1994(平成6)年10月に現在の上り線(写真右側の橋脚の橋)が竣功しています。

1980年頃はまだ専用線が現役だったと思われるので(そもそも、専用線があったために久保川橋を架けたと思われる)、1994年に久保川橋を建設する際、工事に干渉するために、すでに廃線となっていた専用線の路盤を崩したのではないかと考えています。


余談ですが、この周辺には廃車体がたくさんあります。






路盤が復活すると、すぐにレールも復活し、その先にあるのは・・・







橋ktkr!







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